万物は流転する。
だが、その運動は偶然ではない。

世界は、二つの循環で均衡を保つ。


ひとつは、観測され、時間として測定される循環。
もうひとつは、観測されず、沈黙のうちに保持される循環。

この二つは対立しない。
消費と再生は分断されず、往復として閉じている。


ここにあるのは説明ではない。
出来事と構造の対応だけが、置かれている。

観測者はただ、
言葉が意味を帯びる直前の臨界に置かれる。


ここは入口ではない。

意味が流れ始める前の静止点である。